吉田美奈子の音

1977年3月、吉田美奈子のTWILIGHT ZONEというアルバムが発表された。
日比谷の野外音楽堂で開催されたスプリングカーニバルでは、
矢野顕子が出演する予定だったが、何かの都合で急遽、
ピンチヒッターとして吉田美奈子が登板した。
そして、彼女自身のピアノとボイスだけで、演奏した。
(ぼくの記憶が間違っていなければ)
矢野顕子はたぶんソロピアノを予定していたのだろう。
だから、吉田美奈子も、そうするしかなかったのではないか。
矢野顕子を期待してきた多くの聴衆の失望を前に、
バックバンドのサポートもなく、彼女は淡々と演奏していた。
TWILIGHT ZONEからの曲が中心だったと思う。
夕闇の中、彼女一人、横顔が照明の中に浮かび上がっていた。
(そのイメージが脳裏に浮かんでくる)
大変な事件を目撃している、そう思っていたのは、果たしてぼくだけだろうか。
不穏な空気といっても、いいかもしれない。
いや、怒った聴衆が騒ぐとか、そういう意味ではない。
TWILIGHT ZONEが醸し出す、それ以前の吉田美奈子をはじめ
日本のミュージックシーンには存在しなかった、
穏やかならぬ新しい音があったのだ、と思う。
暴力的なほどの、新しさというか。
先頃、VOICE IN THE WINDという新作アルバムを聴いた。
さて、これは事件なのか。
WINDは、サキソフォーンなどの木管楽器をさす。
ベース、ギター、ピアノといったリズムセクションを従えず、
木管アンサンブルによる不思議なビートの揺らめきの中で
彼女はうたっている。しかも、TWILIGHT ZONEを。
20数年後のぼくが、あれは事件だった、と思うような音が、
ここにあるだろうか。残念だが、それはむずかしいかもしれない。